『葬列は見られない』

「え、死ぬの?」

夏休み、ふと思い出したようにメールを見ると友人から連絡があった。受信日時を見ると随分経っており、間が酷く空いてしまった事を感慨深く受け止める。
本文が無く件名だけのメールは、卒業して3日で私を「旧友」と呼んだ友人の調子を彷彿するのに、難しくはさせなかった。相変わらずだ、と思わず空笑いするくらいには。
そして再び件名に目をやり、冒頭のセリフに戻る。

思えば物静かな性格であった、と自己を振り返る。
クラスでも目立つ方ではなく、ひっそりと教室の傍らで過ごしていた。クラスメートの賑やかな男の子と比べて、自分に違和感を覚える事もあったが、元の性格上、突発的に騒いで変わるような行動は移せなかった。その事もあってか、自分が突出するようなイベントには、尽く不参加であった。とは言え、単に控えめで真面目な性格、という訳ではなく、学校の集会で先生方が話をしている際に、かの友人とお喋りをするくらいの軽佻さが残っていた。主に彼女が話しかけていた気もするが、乗っていた私もおあいこだ。

「結局、自分の事は自分しか分からないのよ」
友人はよく、当たり前の事を得意顔に話すことが多かった。決まってそういう話をするのは、図書館の奥にある共有スペースであった。あまり話すのに最適な場所ではなかったのに、彼女は隠し事を嬉しそうに話すように、声量を控えながら会話を展開させていた。
曰く、微細な変化を理解出来るかどうかで気付きにくさが生まれ、自分でさえも自分が分からないと錯覚する、との事である。それに対しては「へぇ」とか「ふーん」とか適当な返事をした気がするが、尚も熱弁を続けていた。そう言えば、最近、記憶は消えるわけでは無く、検索に失敗しているだけだという旨の本を読んだ気がする。あくまで無意識下にて存在はしている、そういう事を言いたかったのかもしれない。

卒業してから一切会わなくなった友人ではあるが、中高と共に過ごしてきた為、思い出には度々登場してくる。考え込んで悩んでる事も、話している内に忘れてしまう程の楽しさを感じる日々であった。あんなに一緒に行動したのに薄情な、と思ったが私も連絡を取ろうとさえ思わなかった。これもおあいこだ。少し可笑しくて口角が上がる。

あれから数年経ち、現在は住む場所も異なるようになり、バッタリと出会す様な機会も失った。特段、話したい事は思い出せそうには無いが、少し驚いた顔をして、立ち話もままならず、近くの座れる場所で長々と話すような事は有り得ないのだ。ああ、髪がまた伸びてきたんだ、くらいのツマラナイ話題は出せそうだが。彼女もそれに、アタシもメイク上手くなったの、なんて返してくれたら最高で最悪だ。

そう言えば、さっき思い出した図書館での話、続きがあったなと思い出す。

「だから、悩みも忘れた頃にやって来るなんて事は往々にしてあるってわけ!」

……思い出さなければよかった。
メールに文句のひとつでも書こうとして、思い留まる。今更返信するのは変だろうし、向こうは送った事さえ忘れてそうだ。

「あの子は今、何してるんだろうねえ」
頬杖をついて窓の外を眺める。じっとりと汗が肌に染み込んでおり、ゆっくりと落ちていく。あの時と同じように見てるはずなのに、心の靄が消えない。この余韻の気持ち悪さを自覚してしまい、取り除きたくなる。思わず眉を顰める。扇風機の風が涼しかった筈なのに、生ぬるい温度を一身に浴びて不快感を覚える。
打ち消さなければ。感情を偽るために、とりあえず笑ってみる。嘘から出たまこと、嘘も方便、笑えば物事はポジディブに進む筈だ。何だか情けない気持ちも湧いてきてしまう。全て飲み込んでしまえば、自分と分かり合える筈だ。ゆっくりと深呼吸すれば、過去の記憶と共に薄らいでいくようだった。

ようやく、ひんやりとした温度が肌を撫でた時、思考はメールの件名の事へと移る。

「と言うか、自分の葬列が見られないのって当たり前じゃない?」
誰も居ない自室で独りごちる。誰も拾えない声は、自分自身だけがもう一度浴びるしかない。「まあ、主語が無いから自分のとは限らないけどさあ」

思えば彼女は、ふと遠くを見ては何かに焦がれていたようであった。決して口には出さないが、瞳の奥でいつも何かを切望していた。それは物質的なものでは無く、もっと概念的な何か。同時に、諦めに似た思いを抱えていたのではないかとも思う。時々自嘲するように笑った表情が苦手であった。変に自分語りをしない彼女の事を掴めないまま、離れ離れになってしまった事実に改めて向き合った。

「あ、いけない。準備しなきゃ」
思いを馳せていたが、ふと時計を見ると約束の時間が刻々と迫っている事に気づく。慌てて、扇風機の電源を切る。快適な空間からオサラバかと、少し名残惜しさがあった。いつもは感じない後ろ髪を引かれる思いと共に、最後の確認として姿見鏡で身だしなみを見る。

「なんか……」
いつも見る筈の鏡に映る女の姿が違和感であった。青のワンピースに、袖から伸びる白い腕。自分の姿に対して、酷く不快な思いを感じた。予兆が無い唐突な心情の変化であり、そこに原因は無かったように思う。

ここで私は初めて、彼女が本当に死んでいたのだと感じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?